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歴代横綱たちの「凄すぎ土俵人生」感動秘話

2015-05-19 [週刊大衆05月25日号]

日本中に"ウルフブーム"を巻き起こした
58代横綱 千代の富士
マッチョな体で小兵ながら活躍


小兵ながら、優勝回数は歴代3位の31回。魁皇に抜かれるまで歴代1位の通算1045勝を挙げ"小さな大横綱"と呼ばれた第58代横綱・千代の富士貢。
「千代の富士の幕内優勝31回のうち、22回は29歳以降の優勝なんです。大鵬の29歳以降の優勝は2回、北の湖は1回、貴乃花は0回。いかに千代の富士が大器晩成型の力士であったかがわかります」(三宅氏)

千代の富士の183センチ、127キロの肉体は当時としても力士としては小さいほうだが、持って生まれた筋肉質のボディをウェイトトレーニングで鍛え上げ、筋骨隆々の肉体に改造していったのだ。
「肩の関節が外れやすく、脱臼癖があったにもかかわらず、若い頃の千代の富士はまわしをつかむと強引に投げを打つ、荒っぽい相撲を取ってましたからね。肩の関節を筋肉の鎧で覆うために始めた筋トレが功を奏し、肩の不安がなくなったことで相撲の内容まで変わりましたね」(前出の織田氏)

千代の富士は55年6月1日、北海道松前郡福島町の生まれ。小さい頃から漁師である父の仕事を手伝ったことで、自然に足腰が鍛えられたという。
中学時代は陸上競技に熱中し、地方大会の走り高跳びと三段跳びで優勝したこともあった。相撲には興味がないどころか、むしろ嫌っていたという。

スカウトに来た九重親方に「東京に行くなら飛行機に乗せてあげる」と口説かれ、飛行機に乗りたいばかりに入門に同意。
70年九月場所で初土俵、75年一月場所で新入幕を果たすが、前述のとおり肩の脱臼癖に苦しみ、なかなか番付が上がらなかった。
だが、肩の不安がなくなった80年春場所あたりから千代の富士は覚醒する。相撲も頭をつけて前まわしを引き、一気に前に出るスタイルに変わり、着実に2桁勝てるようになった。
「81年には関脇、大関、横綱の地位で優勝するという史上初の快挙を達成。ウルフブームが全国に吹き荒れることになりました」(相撲誌記者)

88年には53連勝を達成。
89年には通算勝ち星の新記録を作り、角界初の国民栄誉賞を受賞。千代の富士の黄金時代は91年に引退するまで約10年続いた。
「本場所で負けた相手には出稽古をして徹底的に取り口を研究していました。腕力の強さも特筆もので、千代の富士が前まわしをつかむと、どんなに体の大きな力士も上体がフワッと浮いたものです」(三宅氏)

趣味のゴルフの腕前は玄人はだし。ジグソーパズルやファミコンゲームにハマっていたこともある千代の富士は、見た目以上に"やわらか頭"のようだ。
相撲協会の理事を3期務めたほか、九重親方として2人の大関を育てるなど、指導者としての手腕もなかなかのものである。
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