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歴代横綱たちの「凄すぎ土俵人生」感動秘話

2015-05-19 [週刊大衆05月25日号]

"強すぎて嫌われる"異色の横綱
55代横綱 北の湖
"英才教育"でのびのび成長!


"強すぎて嫌われる"異色の横綱として角界に君臨したのが、第55代横綱・北の湖敏満だ。
「北の湖は文句ナシに強いんですが、勝ってもニコリともせず、見ている者にふてぶてしい印象を与えがちでした。あのイメージで、だいぶ損をしましたね」
とは、スポーツジャーナリストの織田淳太郎氏の弁。

「ただ、憎らしいほど強いというのは、力士にとって最高の褒め言葉でもある。入幕以来、飛ぶ鳥を落とす勢いで昇進を重ね、史上最年少の21歳2か月の若さで横綱になった北の湖の実力を高く評価しても、しすぎることはありません」

53年5月16日、北海道有珠(うす)郡壮瞥(そうべつ)町に生まれた北の湖は、少年時代からスポーツ万能だった。
「中1時には170センチ、100キロの巨体だったそうですが、初段だった柔道では高校生を相手に地元の大会で優勝。野球、スキー、水泳も得意でしたが、相撲にはそれほど興味がなかったといいます」(スポーツ紙相撲担当記者)

"北に怪童あり"の評判を聞きつけ、複数の相撲部屋がスカウトに訪れたが、最も熱心に誘ってくれた三保ケ関部屋に入門。67年一月場所で初土俵を踏んだ。
「三保ケ関親方は北の湖を徹底的な英才教育で育てました。チャンコ番も先輩力士の付け人も免除し、稽古もやりたいときだけやればいい、という特別待遇。朝もいつまでも寝ているため、両国中学には毎日、遅刻していたそうです。親方は、それほど彼の実力を高く買っていた。一方、北の湖ものびのびとやれたことが成長につながり、結果的に吉と出たわけです」(前同)

逆に遊びを覚えるのは早かったようで、
「先輩に連れられて、中学時代には酒と女のデビューを果たしていたとか。ま、これは北の湖に限った話じゃないですが」(同)

アルコールも滅法強く、
「若い頃はウイスキー党で一晩にボトル4~5本は空けていた。成人式の感想を聞かれ"今日から酒をやめようかな"といったのは有名な話です」(同)

いずれにせよ、中学卒業後でなければ入門できない現在のルールから見れば、夢のような話である。重心低く立ち合い、左四つに組み止めて右からの上手投げ。体を密着させての寄りを得意とした北の湖だが、先輩横綱・輪島との対戦は人気を呼び、"輪湖時代"といわれた。
「ただ、ああ見えて北の湖は優勝決定戦など、ここ一番には意外に脆い面がありました。輪島に21勝23敗と負け越しているほか、若嶋津には6勝8敗、朝潮には7勝13敗と特定の力士を苦手とする傾向があったんです」(三宅氏)

幕内優勝24回、804勝を挙げ、85年一月場所で引退。
02年に日本相撲協会理事長に就任し、一度退いたが、現在も理事長職に。現役時代同様、相撲協会の顔であり続けている。
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